農家れすとらん「なごみ庵」


by nagomian1224

冬道

 今月に入って、新潟では記録的な大雪となり、交通が麻ひ状態となっていましたが、今回のお話は、自動車がほとんど走っていなかったころの冬の道の話です。

思い出ボロボロ第2話

昭和30年代、私が小学生の頃は、今よりもずっと降雪量があった。
 もっとも、除雪のブルドーザーは、町の中心街の除雪はしても、6㎞も離れた山間の集落には来なかったし、現在のようなこまめな除雪はなされていなかったから、村ごと雪の中に埋もれた状態だった。
 そんななかで、集落に住む親達には、冬はたいへんなそして重要な仕事があった。それは、坂道ばかりの人家のない雪道をかんじきで踏みつけ、下の集落まで2㎞ほどの歩ける道をつくることだ。集落と集落をつなぐたいせつな道だ。
 道つけ当番は、子供達が学校に出かける前に、二人一組となって一本の道をつくってくれた。吹雪の日には、二組も三組も当番が出ることもあったど。
 私たちは、下級生を真ん中に、上級生の男子が先頭、女子は後にと一列に並んで、皆足元を見ながらもくもくと歩いた。一歩足を踏み外すとゴム長靴に雪が入ってしまう。よそ見はできない。
 細い一本の雪道は、皆が歩くたびにキチ キチ キチ キチと音がした。マントの下では、ランドセルがカタコト鳴った。
 三月に入ると、ブルドーザーが黒い煙を吐き出しながら登ってくる。細い一本の道は、土混じりの雪の壁となり消えていった。ところどころに土が現れると、春が来たようで心が踊ったものだ。


 私が幼い頃の記憶でも、雪が多いときは、家の一階の屋根くらいの高さまであったのを思い出します。家に入るのに雪の階段を作って降りたこともあったなぁ。


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お話の中に出てきたマントを着たところです。冬はこんな格好で歩いたそうです。
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by nagomian1224 | 2010-02-17 15:19 | 菅野ちゑ物語