農家れすとらん「なごみ庵」


by nagomian1224

とり餅食べて力持ち

 遅ればせながら
 新年あけましておめでとうございます

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 今年のお正月は、天気は大荒れとなりましたが、皆さんは、どんなお正月をお過ごしだったでしょうか。

 私が、なごみ庵のオーナー菅野ちゑ先輩と一緒に仕事をするようになって、2年が過ぎました。この間には、菅野さんの幼少の頃の話を聞く機会が何度かありました。それは、私と15歳ほどの年の差があるということもあって、未知の世界の話だったり、また、自分も山間地で育ったという共感もありで、いつもわくわくしながら聞いていました。

 こんな面白い話を、皆さんににもぜひ紹介したい、書面に残しておきたい、ということで、今回から菅野ちゑ物語をその都度(不定期)連載したいと思います。

 では、第1回目のお話のはじまりはじまり~。

思い出ボロボロ№1

1月11日は、鏡開きの日である。そして、私の誕生日。
 幼き頃、この日には、お正月に供えた「とり餅」(鏡餅)をいろりで焼いて食べさせられた。稼ぎ始めには、力餅となる「とり餅」を割って食べる習慣があったからだ。今日のように誕生ケーキで祝ってもらう時代でもなく、それを食べて成長した私は、腕力だけが自慢?だ。
 こんな力自慢の私だが、生まれたときは、未熟児だった。両親はもちろん、家族皆がたいへんな苦労をして育ててくれたそうだ。誕生日にあたり、改めて、「小さな命をそだててくれてありがとう」と感謝の気持ちを伝えたい。

 終戦後のベービーブームの頃、私は白鷹町の山間の集落に生まれた。
 当時、両親は、母の実家に里帰りのため、雪の中、南陽市小滝まで歩いた。父親が、かんじきで雪を踏みしめた足あとを、身重の母がひと足ひと足歩いたという。現在の国道348号線の峠道を往復し、風邪を引いた母は、咳がひどくなり、予定日より3ヶ月も早く産気づいてしまったそうだ。まだ産着の準備もしていなかったので、真綿でくるみ、湯たんぽを抱かせて、それはそれは、たいへんな苦労をしたそうだ。

「大根なんだら、おろぬいでなげられたごで。」と、両親はよく言う。大根でなくてよかった。最高の幸せの中にいるのだから。ただ、間抜けで、恥かきが多いのは、10ヶ月間おなかに入っていなかったからだと、自分に都合のいい解釈をしている。


 ちゑさんの力持ち加減には、いつも驚かされます。私も他の女性の方よりは、力はある方だと思うのですが、彼女の場合は、男性にも負けず劣らずといった感じでしょうか。そんな彼女が未熟児だったなんて、信じられませんね。もし、まともに誕生していたら、スーパーウーマンになっていたかも…。
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by nagomian1224 | 2010-01-11 19:55 | 菅野ちゑ物語